現代の象皮病

現代の象皮病

(平成19年11月6日)


  昨年8月頃左脚が腫れているということで患者さんが受診された。

  脚が腫れる病気は、戦前から戦後にかけてはフィラリアによる象皮病がほとんどであった。蚊によって媒介されるフィラリア原虫が、腹部のリンパ管に住み着いて炎症を起こす。その結果リンパ管が詰まる結果リンパ浮腫が起こり、その下流つまり下肢全体がドンドン腫れてくる。リンパ管のリンパ液は手足の付け根、つまりソケイ部や腋のリンパ節を通って腕の静脈まで運ばれ静脈の中に合流する。その間に細菌などを濾して身体を守る。また毛細血管の外のスペースの分子量の大きいたんぱく質などはリンパ管を通って処理されるという。リンパ管がつまるとリンパ液が流れなくなるので調度下水が詰まったようになって脚が浮腫んでくる。その結果少しずつ足全体が腫れて象の足のようになるのが象皮病である。私の小さい頃は時々象の足のような太い足の大人を見かけることがあった。戦後フィラリアを媒介する蚊が駆除されたため新しいフィラリアの発生は見られないようである。ただフィラリアの痕跡として牛乳のような乳糜尿がでることがある。腎臓のリンパ管が詰まってリンパ液が尿に逆流した結果である。

  フィラリアの代わりに現代では癌の手術でリンパ節を切除することによってリンパの流れが遮断されてリンパ浮腫が起こることが一般的になった。子宮癌では下肢、乳癌では腕が手術後にひどく腫れてくることがある。

  先の患者さんは以前に子宮癌の手術をうけてかなりたってから足が腫れてきたという。象の足ほどではないが明らかに太く靴も明らかに左右差がわかるほど引き伸ばされていた。あしの浮腫みをとる漢方薬を使ってみたら見る見るうちに足が細くなって今ではほとんどわからないほどになってしまった。漢方薬でそこまでよくなるとは思わなかった。

  漢方の古典には上半身の浮腫みは汗をだして、下半身の浮腫みは尿をだして治療すると書いてある。手の浮腫は汗の出る漢方薬を使えばよいことになる。乳癌の手術で左右の乳房のしこりをとりリンパ節を切除した後、赤くはれ上がって痛くて眠れないという人を治療したことがある。確かに汗を出す漢方薬でよくなったので、漢方の古典に書かれていることは正しいのではないかと思う。これは漢方薬に効果的に浮腫みをとる作用によると考えられる。専門的には血液と血管外の組織液の浸透圧の差によって血管外の浮腫みが血管内に引き込まれるからと考えられ、それを漢方薬が促進していると考えられる。通常ではリンパを通して除去される血管外の浮腫み流れが、リンパ節を除去する手術のあとでは遮断されるので、その分が手足の浮腫みなってくるわけである。すると漢方薬は毛細血管を通した浮腫みの除去を促進する効果があると考えられる。

  現代医学的には腹の中にある大網というリンパ管を含んだ脂肪組織を、腕や脚の付け根まで伸ばして埋め込む面倒な手術による治療がある。ところがそれでうまくいったということを聞いたことがないのでまずは漢方薬の治療を試したほうがいいのではないかと考えている。